こんにちわ、さやりんごです。
わたしの周りには、「能力者」と呼ばれる方や、スピリチュアルが好きな人がたくさんいます。
周りがそんな人ばかりなので、目に見えない世界の話が当たり前にされていて、うっかりと「当たり前」となりがちなのですが、おそらく世間では、まだまだかなり少数派ですよね。
さやりんごそれでも、10年、20年前よりはだいぶ増えているし、興味を持っている人は増えている感じ。
子どもの頃から目に見えない世界に興味津々のわたしですが、あらあためて「目に見えないエネルギー世界」って奥深いなあと感じるので、ちょっとした体験談として書くことにしました。
いつもとは毛色が変わっている内容ですが、今回はとくに、神社やパワースポット、スピリチュアルなことに興味ある方には、より楽しんでいただけるかもです^^
また情報空間の書き換えや、ソウルリーディング®に興味ある方も、面白いなと思ってもらえるのではないかなと思います。
ぜひ、気軽な気持ちで読んで、楽しんでもらえたらと思います♪
神社、お寺、パワースポットのエネルギー事情


最近、神社やお寺、パワースポットなどに行く人が増えています。
お願いごとをする人もいれば、祈りをささげる人、感謝を伝える人、縁結びに縁切りしたい人、厄除けしたい人、パワーをもらいたい人、などなど理由は様々ですよね。
また最近では、滝行なども少人数でツアーを組んでおこなったり、有名なスピリチュアルリーダー的(?)な人たちが、オンラインサロンの活動の一環として企画したりもしているようです。
昔はスピリチュアルが好きな人や信心深い人がとくに行く場所、または初詣などに行くというイメージでしたが、近年は若い子たちが「スピ活」として、映え写真などを撮りながら気軽に行く方々も増えているそうです。
ちなみに、スピリチュアル好きな人はよく「そこに呼ばれる」なんて言ったりしますよね。(わたしも言う笑)
行く予定なんてなかったのに、なぜかその神社の名前を目にする。SNSを開いたら、その神社の写真が出てきた。テレビをつけたら紹介されていた。友達から「今度そこに行く」と聞いた。
などなど、短期間で3回くらい同じ情報を「聞いたり」「見たり」して、自然と自分に集まってくると、呼ばれているのかな、とわたしは認識しています。
ただ呼ばれたからといって、その時に何かがあるかどうかは分かりません。
行ったけどとくに何にもなかったなあ、ということもあれば、その時に次につながるヒントをもらったり、あとで分かってくることがあったり。
よく分からないけれど、まずは行ってみる、やってみる。なにがあってもなくてもOK!(楽しむ)きっとなにか必要なことも起こってる。
それくらいの軽やかさでいると、ベストかなって思います。
ただ神社やお寺などは、今ではスピリチュアルスポットとしていく方々も多いですが、本来、自然豊かな生態系を守る場所でもあり、人々の寄り合い的な場所、地域の関わりを深める場所として機能していました。
また場所によっては、やはり特別なエネルギーや磁場を持つところに置かれていたり、風水・守護・結界的な意図をもっているところもあります。
ただ、近年ではいろんな意味で、それらが崩れてきているようです。
日本人は「八百万の神」といって、いろいろなところに「神」を自然と感じる、素晴らしい感性を持っています。
神社やお寺、パワースポットなどに関しては、ご利益目的だけで行くのではなく、その役割などあらためて調べるのも大事かもな、と最近あらためて思います。(自分も含め)



そして自分が行くことで、その場が活性化するような、喜んでもらえるようなあり方でいけるといいですよね。
森羅万象の存在とソウルリーディング
さて、わたし自身は最近、神社へ参拝する時に祈りや感謝をお伝えするとともに、そこにいる神様や眷属などにメッセージをもらう、ことを始めました。
(ソウルリーディング®についてご興味ある方は、こちらを詳しく見ていただければと思います)


ソウルリーディングでは、自分のソウルや他者のソウルだけではなく、森羅万象の存在とコンタクトをおこなうことができます。
ただ、森羅万象の存在とコンタクトがとれるとはいっても、対象が無限とありすぎるため、じゃあ何とコンタクトする??となったときに、神社やお寺だと対象が分かりやすいなと考えたのです。



小さな頃から植物や動物と話したい、と思っていたわたしにとって、森羅万象の存在とコンタクトできるのは、夢そのもの!(嬉)
ソウルリーディングも引き寄せの法則のエイブラハムと同じくらい、今とても面白く、受け取れる情報の質をより高めていくためにも、いろいろと研究・実践しております。
そして先日、ふと朝思いついた地元にあるK神社へ参拝しに行ってみました。
参拝後、境内の見晴らしのいい場所で、こっそりリーディングをおこなっていると、ふよふよとコロンとした可愛らしい弁天様が、飛んできたのがみえたのです。
ゆっくりとリーディングしたかったものの、人が来たために中断。



すごーく当たり前のことを書くのですが、他の参拝の方や神社などにご迷惑をかけないよう、礼節をもって参拝や行動はしましょう。(とくに人数が多く行くときは)ご神木とかも傷むので触ったりするのは控えましょうね。
ただ、そこの神社には弁天様は祀られていないので不思議に思い、どこからやってきたのだろう?と携帯で検索してみると、その地域には2ヵ所、弁天様が祀られている神社があるのがわかりました。
もしかしてどこか呼ばれているのかなと感じ、またそのうち参拝してみようと思い、その日はそれで終了に。
そして、また別の日の朝、わたしは毎朝習慣にしている自分のソウルとの対話のときに、「関東でわたしが行くといい神社を教えて欲しい」と聞きました。
ソウルからの返答は「O神社、A神社、Q神社」とのこと。
もっと大きな神社や地方の神社かなと思っていたのですが、意外に近場だなと思いつつ、なぜその三社なのかと神社を調べてみると、3つに共通するのが、弁天様を祀っていることだったのです。
そして、そもそもこの2カ月ほど前になるのですが、あるとき、本当になんとなく「日本の西にある神社に呼ばれている気がする・・・・」と感じ、ソウルにそこはどこか聞いてヒントを元に絞っていくと、関西にあるT神社らしいということがわかりました。
で、その時は気づいていなかったのですが、後からちゃんと調べてみると、そこの神社の正式名はT神社=T大辨財天社という、日本3大弁財天が祀られている神社だったのです。
やはりキーワードは「弁天様」「水」のようだな~と、弁天さま巡りをしてみるか、と決めました。



弁財天さまは、音楽や技能、知恵、財福をもたらす神様と言われていますが、お水と関係が深い女神様なんです。
まずは近場から!弁天さま巡りスタート


そんなこんなの流れから、早速、まずは家の近所にあるS辨財天から、弁天様巡りを始めることにしました。
ここは住宅街になぜかある銘湧水のある場所なのですが、鳥居とともに弁財天が祀られており、秩父三社や出雲大社の神様も祀られています。
よく商店街に行くまでに、通っている道だったのですが、あらためてこんな近くにあるのも、ご縁なのかな~と思いつつ。
今回は、弁財天さまにご挨拶をして、なにかメッセージをもらえるかリーディングをしてみました。
すると、とっても庶民的、というか江戸時代のおっかさんみたいな、あたたかい感じの弁天様がいらっしゃって、来たことをねぎらってくださいました。
そして、小さなパールホワイトのような光る球をプレゼントしてくださいました。(ちなみにそれがなにかは、まだわかっていない)
弁天社めぐりのうれしいスタートです。



神社などに行くまでがめちゃくちゃスムーズだったり、入ったときに心地が良い、参拝中に太鼓が鳴ったり、結婚式を見たり、トンボや蝶がひらひら舞ったり、社から風が吹き抜けたりすると、お!歓迎してくれてるのかな♡って感じます。(自分がそう受け取ればいいのです笑)
O神社へ
さて、つぎに30分くらい歩き、着いたO神社。
じつは、この神社はよく行くカフェから3分くらいのところにあり、通るたびに見かけていた神社でした。
街中にあり、大きな木がある神社で、よく地域住民の方が参拝している神社です。
でもわたしは、そこに参拝してみようかな、、、見るたび思うのですが、毎回どういうわけか足が向かない。
なぜかよく分からないけれど、「なんだかこわい」のです。



晴れていても、なんだか鬱蒼としているような、どっしりしているような。。。とにかく行けない。
でも、今回は前回調べたときに「弁天さま」が祀られているって知ったし、せっかくだから!と思い、初めて参拝することに。
鳥居をくぐって入ってみると、ちょっとびっくりするくらい、静謐なというか街中では珍しいくらいの厳粛な雰囲気がある境内でした。
おどろおどろしい訳ではなく、逆にクリアすぎるような空気。
境内には、わたしの外にも何人も地元の方が参拝に寄っていらっしゃいました。
わたしが参拝する時に人が捌けたので、そこでご挨拶した後リーディングしていると、社殿の方の中に能面を被った巫女さんのような存在が舞っているのが観えました。
これも不思議で幻想的だったのですが、やはり最もすごかったのが「弁財天」さまでした。
弁財天のある祠は、社殿の裏側のところにあり、べんてん道という道を通っていくと、かなり大きな木と湧き水が出る水場と、弁天さまを祀っている祠がありました。
そしてそこでご挨拶をおこない、リーディングを始めると。。。。
ふっと、水の匂いが強くなったな、と思うと、突然THE弁天様!!というような、どっしりとした迫力のある弁天様が現れたのです。
そして、その周りにまるでアナコンダのような大きな蛇のようなものに、鰐のような鱗が生えている生き物が、何匹も円になるように連なり囲んでいました。
最初は、蛇、、、いや龍か、いややっぱり大蛇かも、という感じで、かなりリアルな大蛇とともに、こちらをじっと見ている弁天さまの姿をみて、ひい~~~!!となりました。



なんだろう、ちょっとでも気を緩めたり、粗相なことをしたら、やられる感じ。ここでふざけるの、ダメ、絶対。
冷や冷やしながら、ご挨拶を終えて、神社を出たのですが、ずっとドキドキしていました。
いつも神社へ行くと、なにかしらの気配のようなものは感じていたのですが、リーディングで観るとこんな感じなのか!!と。
だから、この神社にはどうにもこわくて、何回行ってみようと思っても、ずっと足が向かなかったのだなあ、と心底理解できました。
わたしは行く前には、神社の場所を調べるだけで、どんな場所までかは詳しく調べていかないのですが、あらためて調べてみると、ここは大蛇で有名な神社だそうで。
ものすごい厄払いのパワーがあるらしく、お祭りでは蛇を司った装飾で、街中を練り歩くお祭りもあるとのことでした。(あと気づかなかったけど、鳥居にも大きな蛇を象ったしめ縄があるそう)



よくよく考えたら、なぜに弁財天さまを大蛇が囲ってるんだ、という話なのですが、すごくちゃんと観えてたんだなあ、と我ながら思いました笑
悪いものがあるわけではなく、ものすごくパワーがあると思うのですが、厳しさがあるので安易に行くところではないな、と思います。
そして観えてなくとも、本当に人が感じている「なんとなく」というのは、すごく大事なのだなあ、とも実感しました。
Y辨財天へ
そしてその後、街にもうひとつ「弁天さま」が祀られているY辨財天さまのご挨拶に行きました。
ここは、本当に小さな神社で、その街がまだ畑だらけだったときに、お水が湧き出る場所として、重宝され祀られた弁天さまでした。
この街にあったことさえ知らなかったのですが、じつは地図上で調べてみると、一番最初に参拝した、ふよふよと弁財天さまが飛んきたK神社から、徒歩5分くらいの位置にある神社だったのです。



たぶん、ここの神社からK神社に呼びにきてくれてたんだろうな~と。
そして面白いのが、最初に行ったS弁財天さまのところよりも、祀られている社はどちらかというと簡素というか、庶民的な感じの雰囲気でした。
でも、そこでご挨拶して出てきてくれた弁財天さまは、きらきらとして雅な軽やかで、高貴な感じのする弁財天さまだったのです。
華やかな天女さまのような雰囲気をお持ちで、ここではいろいろとメッセージをくださいました。
今回、三社連続で弁財天さま巡りをして感じたのは
ということでした。
まだ始めたばかりで、リーディングで聞けた他の弁財天さまにはご挨拶行っていないので、また順次行ってこようと思います。
神様やエネルギー世界の存在の思惑?


さて、話は少し変わるのですが、わたしは、この弁財天さま巡りのことを、SNSに載せていました。
そして、先日友人たちとランチをしたのですが、この内容を見ていてくれた友人が、わたしに伝えたかったことがあるんだ~、と話してくれたことがありました。
それは「日本の神様」に気をつけてね、ということでした。
それは彼女、というより彼女の知り合いの能力者の方から教えてもらったことだそうです。
ということらしいのです。
これはあくまで、その能力者の方が観ているもの、体験したことなので、わたしには真実かどうかはわかりません。
どのようなことでも、情報空間上(目に見えない世界)に「絶対性」を求めないことが大事。
わたし自身が伝えていることももちろん、他の能力者さんや尊敬する人、すごいと思う人が伝えることでも、「絶対」「正しい」「真実」は外側にない。
それらを「ヒント」として、自分の世界に取り入れるか、入れないかは「自分自身が決める」という視点が大事。自分が取り入れたものが、自分の世界の中に現れる。
自分の世界を広げてくれる、よりよくしてくれるものかどうかを確認して、自分が選ぶこと。
あくまで、その可能性もありうるかも、と一つの可能性としてわたしは受け取っています。



でも、この話を教えてもらったことで、わたし自身もエネルギーに対して、目に見えない世界に対して丁寧に扱うこと。
知らないことはたくさんあるという前提で、もっと慎重に研究しようと気が引き締まりました。ありがたい。
というのも、わたし自身、いろんな神社に行ったりするのですが、行くと気持ちよく元気になるところもあれば、行くと、帰る頃にはどっと疲れてヘロヘロになったり、体調が悪くなる神社があります。(神社だけではないけど)
1日や2日くらいならいいのですが、とある場所へ行ったときに、その後3カ月くらい原因不明で体調を崩した時もありました。
実際に、神社、お寺、パワースポット、他、いろいろな土地には、目に見えないだけで様々なエネルギー体が存在してる。
そして、そこにあるエネルギー(波動)は、様々なレベルのものがある。当然、そこにはそれぞれの「意図」がある。
人間の視点からみると「善・悪」と捉えてしまうことも、別視点(次元)から見ると、「善・悪」という概念ではないものがあるので、本当のところは分類はできない。
(なので、シンプルに自分にとっては、それがいいことか、良くないかで判断すればいい。自分の感覚・感性・違和感を磨くこと)
単純に自分とは合う、合わないエネルギーもあるし、またその場所、存在にエネルギーが足りなければ、あるところ、ある人からもらって補おうとすることがある。
だいたいの人は、それをなんとなく五感で感じているハズなのです。
わたしは、それまではエネルギーに対しての認識が甘く、自分のエネルギーを護ることもちゃんとしていなかったので、取られ放題だったなあ、と。(というかそもそも持っていかれるという発想がなかった笑)
また別の友人で、とある神社の娘さんの友人がいます。
彼女はやはり昔からいろいろみえてたり、エネルギーを吸い取られたり、引っ張られたりで、子どもの頃は事故やケガすることも多かったそうです。
なので、一時期、自分を護るための修行や瞑想をさせられていたらしく、絶対に自分のエネルギーは渡さない、護るという意識でいる、という話を聞いて、わたしも見習おうと思いました。
そういえば、わたしのソウルリーディング®の先生からもプロテクションのやり方を教えてもらい、言われていたことがあります。
なので、しっかりとプロテクション(保護)をおこなってくださいね、と教えてくれていたのです。
本当にまさに、そうなのだと思います。



でも人って、いろいと聞いても、実体験しないとなかなか腑に落とせないこともあるよね笑
実際に、今回のように弁天さま巡りをしていると、同じ神様でも全然その場にいるものの性質が違ったり、こわいと「なんとなく」感じていたものには、観えるとそれなりの理由があるよなあ、とさらに実感しました。
情報空間の書き換えができる人は結界を張る、ソウルリーディングを学んでいる人はプロテクションをしっかりする。
他にも物理的に浄化に役立ちそうな、塩やお香やアロマオイル、魔除け、パワーストーン、鈴などなど、なんでも使えそうなものは使っておくといいのかな、と思います。



使えるものはなんでも使いましょう。
五感の情報処理のすごさと、物理世界にあるものは情報空間にもある。


わたしたちは、もともと五感という素晴らしい、目に見えない波動をキャッチするセンサーが備わっています。
世の中、すべてのものは「波」「波動」を放っている。
人間でいえば「目」「耳」「鼻」「舌」「皮膚」という身体の器官を通し「視覚」「聴覚」「嗅覚」「触覚」「味覚」として、その「波動の情報」をキャッチして「感覚」でアウトプットしている。
アウトプットする際、その波動の中にあるものすごい量の情報を一瞬で分析し、判断し、自分の分かる範囲でアウトプットしています。
これは思考でおこなおうとすると(できないけれど)、ものすごい情報量をとんでもない時間をかけて分析し、判断しなければならないほど、すごいことなのです。
それをすべての人が一瞬でおこなっています。
なので、実は五感でキャッチしているものって、ものすごく精妙で正しいのです。



そしてその他にも、目の奥で観ている目(松果体)や思考の波動を捉えるものもあるのですが、今回はちょっとそれは置いておいておきます。
あらゆる器官でわたしたちは、無意識レベルで「波動」を受け取り精査しているので、「なんとなくいいな、なんとなく嫌だな」と感じているときの「なんとなく」って実は、ものすごく大事。
でも、わたしたちは、そこに「思考」やら「過去の経験・体験」やら「常識」やら、様々なフィルターを通し、頭(思考)だけで判断してしまうので、おかしな選択をすることがたくさんあるのですね笑
エゴが強すぎると、偏った判断をしがちになります。
ある場所へ行って、なんだか鳥肌が立つ、こわいと感じたら、それは目に見えない世界の波動をキャッチしているので、すぐ離れるとかが正解なのです。
すごく笑顔で礼儀正しい人だけど、この人なんか嫌だなと思ったら、そっと離れていいのです。
五感を鋭くするには、身体のことを大切にし、「意識」を向けていろんなものを「感じる」時間をつくること。
そして自然のなかなどでリラックスして、情報を受け取れるようにすること。(都会だと情報過多になりすぎるため、身体が緊張して、逆にあまり受け取らない、感じないようにしていることもある)
などを意識的におこない、五感を高めていきましょう。



リラックスすることが超大事。
情報空間にあるものは物理空間にもある。(逆もしかり)


さて、今回、神様と呼ばれている存在のなかにも、いろんな性質がある、とお伝えしました。
人間にとってはやさしくないと感じる神様もいれば、庇護や助けてくれるような優しいと感じる神様もいる。
要するに目に見えない世界(情報空間)に存在するものたちにも、様々な波動の性質をもつものが、当たり前に存在しているのです。
そして、これは物理空間も一緒です。
目に見える世界には、優しい思いやりのある人間もいれば、他者に無関心や残酷なことを平気でおこなえる人間もいます。
善意ある人もいれば、悪意ある人もいる。
善悪関係なく、大きな視点の必要性で判断する人もいれば、嫉妬深かったり他者を騙そうとする人もいる。
しかし、それは結局のところ、それぞれの持っている性質の違いです。
そして物理空間にあるということは、それは情報空間にもあるのです。
目に見えない世界にも、優しい思いやりのある存在もいれば、他者に無関心や残酷なことを平気でおこなえる存在もいます。
ただ、わたしたちが目に見えない次元にいるか、いないかの違いです。
とはいえ、その思考・判断基準などは物理空間の世界とはまったく異なることもあるので、そもそも理解できないものもあります。
なので、やはりどんな存在であっても、尊重もするし大切にするけれど、その下に自分を置かない、誰も自分よりも上に置かない、という意識は大事なのかもしれません。
必要であればサポートもするし、サポートもしてもらうし、感謝の気持ちを忘れないし、時には畏怖の念を持ちながら、領域に気をつける。
目に見えない世界のことを学び、ルールの違いなども理解していくこと、慢心しないこと、失礼なことをしないことも、もちろん大切です。
また人間社会で、肩書や権威、自分の利益になりそうな人にだけペコペコする人、傲慢な人、騙されやすい人、自分に自信がない人、などは、目に見えない世界の存在にも、同じような波動を放っている存在にひっかかりやすいでしょう。
すごく偉大な人に見せているけど、実は騙そうとしている人だった、地味でたいしたことないと思っていたけれど、実はとても高貴な人だった、など、よくありますよね。
自分に虚栄心などがある人は、ちょっとしたなんとなくの違和感を無視しやすかったりします。
人間社会で変な人にひっかかっているのに、目に見えない世界で急に、純度の高い高次の存在と引き合うなんてことはないのです。



残念なことに、目に見えない世界に対する能力と人格は比例しないので、なまじ能力だけある人は、どこと繋がるか分からなかったりします。
目に見える物質世界も、目に見えない情報空間も、どちらであっても、自分と自分の周り存在に対し、丁寧に誠実にあるって大事だと感じています。
※ちなみに、今まで記事の中で書いている、情報空間とはなにか?についてや、抽象度高く物事を見ていくために必要な視点、などはこちらのブログにいろいろ書いています。
情報空間の書き換えは、エネルギー技を使えるようになるということが注目されがちですが、物事の見方を変えるのに知っておくととてもいい知識がたくさんあります。




最後に


今回の弁天さま巡りは、個人的にソウルリーディングのリーディング研鑽と、やっぱり目に見えない世界とのコンタクトや、導きが研究が楽しいなあ、という感じでおこなっています。
自分の五感で感じて捉えるもの、繋がっていくヒント、そして受け取る直感、リーディングで観えるもの、そして気づきや学び、そのプロセスが大事だなあ、とあらためて実感中です。
でも、おかげさまで参拝を初めて1週間の間だけでも、臨時収入が立て続けに入ったり(けっこう大きめ)、いろんな気づきがあって、ご利益もいただいております。
わたしは、基本的に神社やお寺に参拝しても、祈りか感謝をお伝えするのみで、お願い事とかはしません。
それでも何かしらのサポートをいただいているのだろうなと、とてもありがたい気持ちになります^^



そして情報空間でなにかが動けば、やはり必ず物理空間も動くのだなとしみじみ。情報→物理の順番なのです。
どちからに偏り過ぎるでもなく、特別視しすぎるでもなく。
自分自身を見て、人格も能力も高め続けていきたいなあと思います。
人としての器も大きくしていくことも、人間としてこの世界に生まれたからには、大事なことですよね。
それらも大事にしつつ、目に見えない世界の探究を楽しんでいきましょう♪



そうそう、そういえば、今回の記事の内容とはまた違う感じで、以前、目に見えない存在から、とてもすばらしい体験と気づきをいただいた時のことも、こちらに書いていたので載せておきますね。


・・・・・・・・・・・・
あとここからは、本当に余談ですが、最近、とある視点から、あらためてエイブラハムの引き寄せの法則の本を読みなおしています。
「とある視点」を獲得してから、エイブラハムが伝えていることが解析度高く理解でき、現実創造がとても面白くて!
エイブラハムの伝えていることは、ものすごくシンプルなのですが、自身の抽象度をあげていくと、そのシンプルの中にものすごい情報があったことに気づきます。
同じものをみても聞いても、受け取れる情報の密度の濃さは本当に違うのです。
あらためて感動しますね。



じつは、この気づきが、最近の自分のリーディング能力にもつながったので、余談ですがお伝えしました笑
まだ途中経過なので実践しつつ、引き寄せのお話は、ある程度分かりやすくまとめられそうになったら、また研究発表しますね。(そちらは気長にお待ちいただければ)
ではでは、また!
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