自己受容と自己肯定感の土台をソース視点から変えちゃう方法

上を見上げる少女 引き寄せの法則 基礎編

引き寄せの法則や潜在意識、ほか心理学やコーチングなどなど、意識やマインドなどを扱う本やブログを読んでみると、必ずと言っていいほど、「自分を受け入れましょう」とか「自己肯定感」をあげましょう、ということが書かれていますよね。

そのなかでも、とくに「ありのままの自分が素晴らしい」「自分の存在そのものが素晴らしい」んだよ、ということを伝えてくれているものも多いです。

確かに、自己受容と自己肯定感が高い人は、あらゆる場面において上手くいくことが多く、引き寄せの法則において、自分の望みや願いを叶えていく上でも「自分に対してどう思っているか」はとても大切です。

わたし
わたし

つまりはセルフイメージだよね。

しかし、そもそも自分のことが好きではない、自分ってたいしたことない、と自己受容や自己肯定をなかなかできない人や、「ありのままの自分が素晴らしい」ってどうしたら思えるのか、その根拠はなんなのかと悩む人もたくさんいるはず。

わたし自身も、ただのありのままの自分を素晴らしいとなかなか思うことができず、いろいろやってはみるものの続けられなく途中でやめたり、なんだかな~と悶々としていたタイプでした。

しかし、引き寄せの法則を理解できてから、自分自身に対する見方が大きく変わり、そりゃわたしたちは素晴らしい存在だわ、といつの間にか自然と自己肯定感も高くなっていました。

今回は、なぜ、なにはなくとも、ただのそのままの自分でも、私たちは素晴らしい存在だと言えるのか、引き寄せの法則の観点からお伝えしていきますね。

読み進めるうちに、自分ってホントはとっても素晴らしい存在なのかも、と感じていただけるとうれしいです。

自己受容と自己肯定感の定義

ハートと炎

さて、「自己受容」と「自己肯定感」という言葉ですが、そもそもこれらは、どういう定義をされているのでしょうか。まずその定義からはっきりとさせてみましょう。

①自己受容とは

自己受容(Self-acceptance)とは、あなたが今置かれている状況を愛し、満足することである。いまの時点の自分を、評価し、検証し、受け入れ、サポートすることを、自分自身と合意することである。

wikipediaより

ちょっと表現が固いので分かりやすくいうと、自己受容とは

・どんな自分であっても受け入れられる

・ネガティブな自分・状況・感情であっても、ポジティブな自分・状況・感情であっても、どちらの自分もそのままを受け入れられる

と捉えると分かりやすいですね。

②自己肯定感とは

自己肯定感の定義については

自分のあり方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する語。 自己否定の感情と対をなす感情とされる。

実用日本語表現辞典より

「自己肯定感」とは、自分自身を受け入れ、尊重し、ポジティブに捉えることができる感情のことをいいます。他者と比較して何ができるか、何を持っているかなどで優劣を決めるのではなく、評価や成果の有無にかかわらず自分軸を持ち、そのままの自分を受け入れます。自己肯定感は、恐れや不安といったネガティブなモチベーションではなく、信頼や安心感をベースに前進する力を与えます。

(人事労務用語辞典)両方ともに出典 weibo辞典

という定義がなされています。

このようにみると自己肯定感は、ありのままの自分を受け入れて自己受容しているのはもちろん、そこからよりポジティブ側に自分を見ていると捉えられるかもしれません。

けれど、自己受容も、自己肯定も、どちらもやはりとても大切なことですが、現代ではどちらかといえば、自己受容も自己肯定感もなかなかできなくて苦しい!と感じている人が多いように感じますよね。

では、これは一体なぜなんででしょうか。まずそうなっている原因からお伝えしていきますね。

私たちが自己受容しにくい、自己肯定感を持ちにくい、そもそもの理由

顔を隠す女の子

まず、わたしたちが自己受容、自己肯定感を持ちにくい理由にはおもに2つの理由があげられます。まず1つ目のほうから説明していきますね。

理由1:様々な判断基準を外側から受け入れ、エゴが爆誕した

先ほどから、わたしたちは、なかなか自己受容ができない、自己肯定感が低いとお伝えしてきたのですが、実は、わたちたちが生まれてきた時は、自分のことをありのままで素晴らしい存在だ、ただただ存在そのものが最高だと知っていました。

そして、それは疑うこともないあたり前のことでした。

わたし
わたし

これって、なかなか信じられないですよね(笑)

しかし、それでもやはり、わたしたちはとんでもなく素晴らしい存在である、と生まれたての頃は理解していたのです。

それはなぜかというと、まだ生まれたてほやほやの頃は、源(ソース)とのつながりが強く、自分たちが源(ソース)から生まれた源(ソース)の一部であるということをまだ覚えていたからなんですね。

源(ソース)と自分との関係はなにか、についてはこちらの記事読んでね♪

なので、赤ちゃんという、なんにもできない存在であっても、自分は大丈夫であるという安心感に包まれていました

ちなみに赤ちゃんの波動が高いと言われているのは、この源(ソース)エネルギーとの結びつきが濃い状態だから。

そして、そのまま成長出来れば、みな、自分のことを素晴らしい存在だと受け入れ、自分に対しての自己肯定感は当たり前に高く持ちつづけていられたのですが、地球という星に来て、物質という身体を得たときから、源(ソース)についてはいったん忘れるようになっています。

そして、当然、先に生まれてきた親も、兄弟も、先生もすっかり、自分がどんな存在だったかを忘れて、地球での経験と体験だけをもとに、あなたにいろいろな価値観や考え方、これは正しくて、あれは正しくないものだ、という善悪の基準などを教えるようになっていくんですね。

しかし、その大人たちの価値観、思考、価値基準、善悪などの判断基準、世の中はこういうものである、社会とはこういうものである、成功とは、失敗とは、人間(エゴ)視点のみから生み出されたもの。

そのような見方や基準や意見をインストールしていくうちに、自分に対するネガティブな見方、思考も、無自覚にたくさんインストールされてしまう。

そして、これが私たちを後々苦しめる「エゴ」の元、あなたの頭の中で、こうしなさい、こうすべき、それはしちゃいけない、危ないぞ、と囁く声になっていく。

もちろん周りの人たちは、もちろん、あなたが幸せになるように、と良かれと思って、自分たちが経験したことをもとに教えてくれいます。

さらには、私たちはあらゆる判断基準を自分の内側ではなく、すべての判断基準を外側に求めるようになっていきます。

自分の中の信頼できる源(ソース)からのナビゲーションシステムについて、すっかり忘れて、周りの意見に合わせているうちに、自分は力ない存在だと思いこんでしまうからです。

わたし
わたし

でも、まわりの声を受け入れる、と決めたのは自分自身であることを忘れちゃだめだよ。

そして、これこそが、自分をありのまま受け入れられない、自分のことを素晴らしいと思えない原因にもなっているんですね。

また外側に基準を求めるということは、何かを比較しなければ、それがいいのか悪いのかもわかりません。

つまり、ここで比較することや優劣、競争、というものも生まれだした。

そして、もちろん、その基準に「自分自身」も当てはめることになり、その外側の基準に自分が当てはまらなければ、自分はダメなやつ、劣っている奴だというレッテルを自分に貼っていくことにもなる。

わたしたちは、これを相当長い間繰り返してきてしまったんですね。

しかも、この基準も、地域や時代や、どんな人たちがいるか、によっても様々で、時には、まったく正反対の考え方や基準などもあり、みんなそれぞれ好き勝手なことを言っています。

わたし
わたし

なので、外側に基準を持とうとすると、外側に正しいものを見つけようとすると、余計に混乱もしていってしまうよ。

わたしたちは、本来、自分の内側にもっている、感情のナビゲーションによって、自分の望むものと望まないものをしっかり見分けることもできるし、創造のエネルギーを意図的に使って、望む人生を創造できる存在です。

しかし自分の中の、その人生をうまくいかせてくれる、素晴らしい指針を持っているにも関わらず、自分は力なき存在だから、周りの何か「正しいもの、うまくいくもの、安全そうな基準」に頼らないといけない、合わせないといけないと思い込み、それに合わせていくうちに、他人の承認も求めるようになってしまった。

そして、他人からの承認を求めるようになると、他人を喜ばせるような考えや言葉や、行動を選ぶようになり、さらに自分の内側に目を向けなくなっていきます。

そうするとさらに、自分に自信がなくなって自分のことを信じられなくなって、しまいには、自分のことを評価できないし、信頼できないし、好きになれなくなってしまうという悪循環にはまりこんでしまうのです。

わたし
わたし

これはいわゆる他人軸で生きてしまっているってやつですね。

このように、成長していく間に、あらゆるところで無意識に他人の意見を取り入れて、自分の意見だと思い込みエゴが爆誕し、それが頭の中で増殖し続けていたのです。

それが自己受容もできず、自己肯定感も持てない原因をより強めていくのです。

つまり、私たちが自分を受け入れられず、自分を肯定できないのも、発端は、源(ソース)について忘れて、自分の内側にある、源(ソース)の創造のエネルギーとナビゲーションシステムを使えず、外側にすべての判断基準を委ねてしまったこと、から起こっていたということ。

そりゃ確かに、自信もなくなるし不安にもなるし自分も嫌いになっちゃうよねって感じてしまいますね。

では、次になぜ「わざわざ自分たちがソースであることを忘れてきたのか」と、最初にお伝えした「私たちが自己受容、自己肯定できない理由」その2つについてお伝えしていきます(実はこれは同じ理由なのです)

理由2:ネガティブな体験というものを楽しみたかった

さて、わたしたちが、自分をなかなか受け入れられず、また肯定もできない理由として、自分たちが源(ソース)であることを忘れてしまったとお伝えしましたが、そもそもなぜ忘れてしまったのでしょうか。

わたし
わたし

覚えていたほうが、簡単にすいすいと自分の望みを創造し、それを体験し幸せいっぱいの人生を歩めそうなのにね。

しかし、わたしたちが地球に遊びに来た理由として、実はもう一つの理由があったのです。それは

地球という場所で、ネガティブな体験というものがどういうものかを、体験する、願いが叶わない、できない、難しい、大変だ、という体験をしてみたい、というものでもあり、そもそも自分がダメな人間だ、ということを体験してみたい!

という欲求だったのです。

もちろん、私たちの本質は源(ソース)であるので、ダメな存在であるわけないし、素晴らしい存在なのですが、その素晴らしさというのは、自分がダメであるという(錯覚体験)をしなければ、そうであることが分からないし、そもそも源(ソース)である状態では、その錯覚体験すら味わうことはできません。

また、願いが叶わないという体験がなければ、願いが叶うとはどういうことなのか分かりません。願った、その瞬間に願いが叶った状態になってしまったら、その間に起こるプロセスも体験することもなく、その喜びも分からないのです。

わたしたちは、それらのことも体験したくて、この時間と空間があり、プラス、マイナス、陰陽というコントラストがあり、様々な資源持ち、私たちにその遊びを体験させてくれる地球に、遊びに来た。

その体験をするには、どうしても自分が源(ソース)であることをいったん忘れなければ、その遊びには参加できません。

そしてもともとがとっても高い波動を持っていた私たちですが、低い波動を身に着けていかなければ、地球に身体をもって存在もできません。

地球に来て、最初に身に着けたその波動が、無価値観や罪悪感、という波動だったのです

もちろん、ほかにも不安や恐れ、心配、憎悪、などいろいろありますが、とにかく、それらの波動を刻み付けて、体感し、味わい、源(ソース)の状態ではけしてできないような、体験もとっても楽しんでいたのです。

つまり、この自己受容できない状態も、自己肯定できない状態も、実は自分たちがあえて、そのことによって生まれる様々なネガティブな体験をするために、あえて喜んでその波動を最初に身に着けたということ!

そして、それはもし強いネガティブな環境(波動)のなかに晒されても、ちゃんと、本来の自分、源(ソース)である自分を思い出し、内側のナビゲーションシステムを使って、ネガティブな状況だろうと、自分の望む人生を創造できると分かっていたからできたのです。

そういう意味では、好奇心旺盛で、すごいチャレンジャーなんですよね、わたしたち。

わたし
わたし

過酷な状況を選んだ人ほど、チャレンジャーとも言えるかもしれません(笑)

ただ、わたしたちは、あまりにもネガティブな極の状況を極めすぎて、すっかりそれを忘れてしまい、身体を離れるまで思い出せなくなっている人も出てきてしまったのです。

自分が何者かを完全に忘れて、思い出せなくなるまでになるほうが、実は相当難しいのですが、私たちはそれを極めるとこまできたんですね。

そして、さんざんネガティブな体験も極めたので、これはもう十分と今度はまったく違う遊び方をしよう、と決めてきた魂たちが出てきました。

それは、これからは「自分たちが何者であるか」を「身体を持ちながら」思い出して、その意識を持ちながら、人として自分の望む人生を創造し、体験し遊んでいくことができる、ということ。

それが、この引き寄せの法則でいえば、源(ソース)について思い出す人たちでもあるし、ほかのスピリチュアルなことでも、いろいろ目醒めとか、統合とか、2極化とか、言われていることにもつながるのかもしれませんね。

ちょっと話が逸れてしまったのですが(笑)このことから伝えたいことは、自己受容ができなかったのも自己肯定感を持てなかったのも、ある意味仕方がないことだったので、できないからと自分を責める必要も、なんとかしなきゃいけない、と焦ることもないんだよ、ということです。

そうではなく、そういうことで、自分はあえてそれを体験してきたのか、とそういう自分そのものを、なんだ~そっか、とただ気づいてほしいのです。

わたし
わたし

もう、それができるだけでも、今までの自分と変わっちゃうから。

自己受容と自己肯定感を高める新たな視点とは

楽しそうな女性

さて、上記では、わたしたちがなぜ、自己受容がなかなかできなかったのか、自己肯定感を持てなかったのかを見てきました。

じつは、その理由がわかってくるだけでも、視点が大きく変わっていくので、自己受容と自己肯定を持てるようになっていきます。

でも、できれば、もっと自分自身に対する見方を大きく変えて、自己受容と自己肯定が高まっていく視点を持ちたいですよね。

ここからは、その自己受容と自己肯定を高める視点についてお伝えしていきます。

早速ですが、自己受容と、自己肯定を高める視点、これはいったいどうやって持てばいいのでしょう。

わたし
わたし

じつは、これは答えはとっても簡単なんです。


わたしたちが、源(ソース)について、忘れてしまったことで、自分を受け入れられず、自分を評価できないのであれば、今度は「ソースの視点」を「ソースが私たちをどう見ているか」を思い出すことで、自分を受け入れて評価していけばいいのです。

そして、他人の声ではなく、自分自身の心の声を丁寧に拾い出して聞いていけばいい。つまりは自分の内側のナビゲーションシステムを信頼し、それに従って生きていく、ということ。

最初と逆のことをすればいいだけなのですね。

それには、ソースとわたしたちの関係、ソースの視点をあらためて理解することがとっても大事になってきますので、もう何度か伝えていることではありますが、あらためてお伝えしていきます。

ソースと私たちの関係って?

まず、大前提として、私たちは、ソースから生まれた存在であり、身体を持って生まれる前から、そして生まれてからも、ずっとそのソースの一部でもある存在です。

よく死んだら「ひとつ」に戻るんだ、などと言われることもありますが、私たちは、生まれる前は源(ソース)であって、生まれて身体を持った時にそこから切り離されて、また死んでからそこに戻る、とかでは、ありません。

生まれる前にいたところでも、生まれてからも、わたしたちはソースから切り離されたことは一度もなく、今、ここにいるときにも、ソースエネルギーは自分の内側に流れている。

なんと、ずっと気づいていなかっただけで(忘れていただけで)ソースは常に、自分の中にエネルギーとして流れ込んで生きているのです。

ただ、この流れはけして途切れることはないけれど、私たちがソースの波動と近しい思考をもつか、離れた思考をもつかで、その流れをどんどん引き入れたり流れにくくすることはある。

なので、わたしたちは、本当はここにいる自分だけの存在ではなく、常に源(ソース)の存在と、今ここにいる物質化した存在の2つの存在であり、2つの視点を持っているのです。

そして、このソースの視点と、今ここにいる自分の視点、という2つの視点を持っているということが、自己肯定感もそうですが、引き寄せの法則において、めちゃくちゃ大事なので、よく覚えておいてくださいね。

源(ソース)からみた人間の存在ってどんな風に見える?

あなたはパーフェクト

ソースと私たちはそもそも同じ存在である

先ほどからお伝えしているように、わたしたちは、愛、そのものである、超高波動の源(ソース)の思考からつくられた最先端であり、そのソースの一部の存在です。

わたし
わたし

これ、さらっと表現していますが、よくよく考えてみると、とてもすごいことだと思いませんか。

あらためて、この自分がソースでもあり、ソースの一部でもある、このことをよーくよーく意識してみてください。

そんな自分は、本当にちっぽけな存在でしょうか。なにもできない、ダメな存在なのでしょうか。あなたが自分を否定することは、自分だけを否定しているのではないのです。

それは、すなわち、源(ソース)を否定するってことそのものである。

ソースというもの愛そのものから生まれて、その一部が物質化したという存在が、ダメで、最悪で、どうしようもなくて、ひどくて、もう生きてる価値なし、、、、な存在なわけがないのです。

それどころか、わたしたちは、ソースの一部であるし、ソースにとっては自分が思考を集中してクリエイトした最高傑作なんですよ!

とはいえ、なかなか目に見えないことの話でもあるので、すぐには落とし込みにくいかもしれないですよね。

これをまた別の見方から見れるように、今度は源(ソース)の気持ちになって、私たちを見てみましょう。

ソースがなぜ私たちを創ったか?からソースの私たちへの視点をひもとく

まず、一体なぜ源(ソース)は私たちという存在を創りだしたのでしょうか。

たとえば、そこに源(ソース)しかなかったら、すべてがひとつ、でしかなかったら、自分がどんな存在かもわかりませんよね。

それが、それしかなかったら、それが何かということが分からないのです。それを見るものが存在せず、あるけど、ない、になってしまうのです。

わたし
わたし

もうこれは感覚として理解してね

そしてあるときソースは、ソースってなんだろう?という意識が芽生え、自分(源)のなかのものを知りたい、見てみたいという欲求が生まれたのです。だから、源はわたしたちという存在を創りだすことにしました。

源(ソース)は私たちという身体という物質をもつ存在を創り出して

・限りなくソースからの波動を落として落としていくことで、かぎりなく愛でないように思えるような否定的な波動をたくさん体験できるようになる。そのことによって、逆に愛というものもわかる。

・源の思考の最先端にいて、自分の望みや願いというものを明確にし、そこに焦点を結ぶことで、それを物質化していくプロセス全体を体験できる、そしてそれを体験することで、また願いや望みが生まれ、ソースが拡大、成長できるようになる

という体験を私たちという「身体」というものを持つことで、分かるようになったのです。

ちなみに、上にも少し書いたのですが、私たちが「望み、願い」を持つことは、実は、源(ソース)にとっては、それらが自身の拡大、成長していく材料にもなります。

細かいことは、別の記事で説明しているのですが、私たちが何かを望み、願う時、それがロケットのように発射されて、源(ソース)に波動として届き、それが源(ソース)の波動に付け加えられて、ソース自体がそれによって、どんどん拡大、成長していくのです。

詳しくはこちらを!

つまりまとめると

源(ソース)は今、ここで身体を持っている私たちの存在を通して、様々な体験をして「それ」がどういうものかを知り、また、私たちの願いや望みによって、拡大・成長もしている

ということなんです。

「すべてであるもの」にとって、あなたがたは非常に大きな価値があるという理解、そこにあなた方が立ち戻ること、それが私たちの願いだ。

あなた方は真に思考の「最先端」にあって、すべての思考、言葉、行為を「宇宙」に付け加えているのだから、「すべてであるもの」にとって、あなたがたは大きな価値がある。

あなた方は遠くから追いつこうとしている劣った「存在」ではなく、「宇宙」のあらゆる資源(リソース)を思うままに使える「最先端」の創造者だ。

そんなことができる、自分が創造した最高傑作に対して、源(ソース)は当然否定的な視点なんて一切ないし、溢れんばかりの愛と肯定と称賛しかありません。

だから、もうここに存在しているわたちたちは、それだけで素晴らしくって、最高でしかないのです。お分かりいただけたでしょうか。

もうほんと大事なことだから何度でもいいますが(笑)これは、自分のなかで感覚として腹落ちしないと分からないかもしれないので、腑に落ちるまで意識してみてください。

内なるソースの視点と、肉体からの視点との関わり合いを理解しよう

キスする人たち

では、最後に、源(ソース)の視点と自分の視点の関わりについてお伝えしていきます。

先ほどソース側からの視点について見てきましたが、このように源(ソース)には源(ソース)の視点があり、今ここにいる私たちという存在にも、それぞれの視点があるということは、なんとなくでも理解してもらえたでしょうか。

実は、この2つの視点の理解はとっても大切で、このソースと私たちの視点がどのように関わっているかが、実は「引き寄せの法則」を使いこなせるかどうかにも、大きく関わっているのです。

ここの部分が理解できていると、本当に自己否定とかするのは無駄だしやめたくなるし、自己受容も、自己肯定も自然とできるようになるので、最後までがんばって読んでくださいね。

ソースのわたしたちを全肯定する範囲について

まず、先ほどからお伝えしてきましたが、源(ソース)がわたしたちを見る視点は常に全肯定です。一切の否定はありません。

なんと、その肯定の範囲はわたしたち自身がどんなに、ひどい、つらい、惨めだと思うような体験でも、事柄であっても、そこに存在していて私たちが体験できているということは、源(ソース)はそれを否定もしていないし肯定しているのです。

わたし
わたし

逆に言うと、許されていないものは、存在していないし、体験もできないのです。

たとえば、これをほかの表現で説明してみると、よく宇宙には愛しかない、ということを聞いたことはないでしょうか。

でも世界には明らかにこれは愛ではないだろう、と思えるようなこともたくさんありますよね。

しかし、どんなに私たちから見て、これは愛には見えない!というような出来事や体験であっても、結局大元を辿ると、すべてが愛そのものである源(ソース)から生み出されている。

ということは、それがどんなに愛に見えなくとも、やはり愛からつくられたものしか存在しない、この世界には存在できないのですよね。

じゃあ逆に、それらを否定しているのは一体誰なのでしょうか。また自分という存在を否定しているのも誰なのでしょう?

わたし
わたし

それは、ほかの誰でもない、源(ソース)の最先端にいる、わたしたち自身なんですよね。

私たち自身が、自分に対して、もしくは他者に対して、その思考や、行動に対して否定する、より正確に言うとそれらに対して否定した思考をもつのです。

サラ、誰かがそれに対して「やだ」という時、その人は実際には「万事良好(ソース)」の流れを流れこませないようにしているんだ。

誰かが殺人犯に対して「いやだ」という時も「万事良好」の流れを流れこませないようにしている。誰かが貧困に対して「いやだ」という時もそうだ。

なぜなら、人が自分の望まない物事に注意を向けている時、その人の波動は自分の望まない波動と同じ波動になっているからだ。

それはつまり、その人は自分の望んでいるものを押しのけているということになる。

サラとソロモン 引き寄せの法則 エスターヒックス ジェリーヒックス

では、ここで、この源(ソース)の視点と、私たちの視点がズレているときに、なにが起こるのかも説明しておきますね。

ソースの視点とわたしたちの視点がずれるとどうなる?

源(ソース)が全肯定している視点と、私たちが、自分を肯定している視点、その視点が一致するときは、ソースの流れはスムーズで、わたちたちはとても良い気分になります。

逆に、源(ソース)が全肯定している視点と、私たちが、自分を否定している視点は、一致せずズレを生じますよね。そのズレたとき、私たちは、非常に嫌な気分になっていきます。

私たちの、このいい気分、嫌な気分というのは、実はこの源(ソース)の視点と一致しているか、いないのか、ということによって引き起こされていたのです

誰かを批判したり、自分自身の欠点を見つけたりすると気分がよくない。批判の思考はあなたのソースの思考とは著しく異なるからだ。

つまり、本当の自分に合わない思考を選んだために、この瞬間あなたは感情を通して、自分の選択との不調和を感じることがあり得る、ということだ。

引き寄せの法則 エスターヒックス ジェリーヒックス

例えば、あなたの「内なる存在」は、あなたの価値に焦点を定めている。だから、あなたが自分の欠陥を気にすると、波動が一致せず衝突して嫌な気分になる。

あなたの「内なる存在」は愛を感じられる事にだけ焦点を定めることを選ぶ。だから、あなたが誰かあるいは何かの嫌な部分に焦点を定めると「内なる存在」と波動がズレてしまう。

「内なる存在」は、あなたの成功にだけ焦点を定めている。だから、自分がしていることは失敗だという見方をすると、あなたは「内なる存在」の視点から外れてしまう。

引き寄せの法則 エスターヒックス ジェリーヒックス

そして、さらにこの源(ソース)と自分との視点の一致は、引き寄せの法則を使いこなせるかどうかにも関っています。

なぜなら、私たちは、源との視点が一致して「気分がよい」ときに、この源からの創造のエネルギーをたくさん使うことができ、逆に視点が一致せず、「気分が悪い」とき、このエネルギーを使うことができません。

つまり、自己否定や自己卑下して、源(ソース)の視点と一致せず気分が悪いとき、私たちはこの創造のエネルギーを使えない=願いや望みが叶わない、という状態を知らずに創ってしまっている。

もう、シンプルにそういうことなのです。

それに気づくと、もう、なんでわざわざ、源(ソース)が全肯定している自分を、わざわざ今、ここにいる自分が否定してたんだろ、とか思ってきません?そんなのやめたくなりませんか笑

ただ!ここで、これらを知っても尚、どうしても自己否定をやめられない~、自己肯定できない、そんな自分をさらに否定して落ち込むというのは、ほんとやめてくださいね!

ネガティブになる自分を否定するとき、そこでは一体何が起こっているのか

よくいろんな人が「否定感情をもつ、ネガティブになる自分も否定しなくていい」とか、お伝えしていますよね。

まあ、それらの理由はいろいろあるのですが、この源(ソース)の視点からみても、やはりその通りなんです。なぜなら

源(ソース)自体は、この否定感情、否定的思考ですら、存在することを許しているから。

もちろん否定感情の波動は、確かに源(ソース)と離れているから、重たいし、これを持っていると、願いや望みは叶いにくいかもしれないけれど、ただ、そうなだけで、あってはダメなものとかではないんです。

わたし
わたし

重たいから悪いわけでも、軽いからよい、わけでもなく、単に、波動が低い状態は、ソースの波動と離れているから、願いは叶いにくいかもね、っていうことであって。

それに先ほどからずっと説明してきましたが、これらのことだって、源(ソース)のままじゃ体験できないから、ネガティブな感情も、願いがなかなか叶わないってことも、あえて体験したくて、物質世界に生まれて体験しにきたんですもん。

あえて、やってみたかったことでもあるんですよ。なので、源(ソース)にとっては、その体験すら愛おしいものなのです。

そんなふうに源(ソース)がそこに存在することを許して、全肯定しているのに、自分がそれ(ネガティブな思考や感情を持っちゃダメだ~って否定したり、バツつけたりするのも、結局、源(ソース)の視点と逆らっちゃうから、さらに嫌な気分になるんですよね。

こういう時は、あ~私、否定感情もってるんだな~って俯瞰して見て、そういう自分もそのまま許してしまえばいいんです。そんな自分を変えようとせず、否定感情持ってるんだな、自分を観察できればOK!

じつは、それは自分を肯定することにもつながって、源(ソース)の視点と一致しだすから、奥深くでいい気分になれているんです。(ただ、波動はまだ低いけどね~ってなだけで、別にそれが悪いわけでもない)

わたし
わたし

なかなか逆説的な世界ですが(笑)

もちろん、はじめはそう思えなくても全然よいのです。ただ、このからくりを知ってくると、わざわざ自己否定するのとかだんだんアホらしくなってくるんですよね。

もちろん、してしまうときもあるのですが、そういうときは、あ、源(ソース)視点から、今ずれてるなあって気づいて徐々に戻せばいいよね、って思えるようになります。

この視点を得れると、ほんとうにどんどん楽になってきますので、ぜひ何度でも意識して自分のなかに落とし込んでくださいね。

(まとめ)

大好きです

さてさて以上、自己受容と自己肯定ができなくなってた原因、どのようにしたら自己受容、自己肯定できるようになるか、について、引き寄せの法則の観点からお伝えしてきました。

かなり長くなってしまいましたが、自己受容、自己肯定は、引き寄せの法則を使っていくための、土台のような部分にもあたる、とっても大事な部分なんですよね。

結局のところ、自己受容、自己肯定できなくなったのも源(ソース)と自分との関係をすっかり忘れてしまったからであるし、自己受容、自己肯定できるようになるもの、その源(ソース)のことを思い出し、自分との関係を思い出すことによって自然とできるようになるのです。

もうひとつの要素は「無価値」という信念にある。あなた方物質世界の次元には、「あなたには価値がない。だから自分の価値を証明するためにこの世に生まれた」という、非常に強力な考え方がある。

だが、あなた方は自分の価値を証明するために、この世に生まれたのではない。あなた方には価値がある!あなた方は楽しい成長・拡大を経験するために生まれてきた。

あなた方の欲求の力によって、そして「許容し可能にする力」によって、ここで話している「法則」を高く評価する、まさにそのことによって、あなた方はこの時空という現実に出現した。

だから物質世界に存在していることが、あなた方の価値の証明であり、自分の思い通りの人間になり、思い通りに行動し、欲しいものを手に入れるにふさわしい事の証明なのだよ。

引き寄せの法則 エスターヒックス ジェリーヒックス

なんだか自作自演の1人芝居みたいですが(笑)

わたし自身は、これが一番ある意味シンプルで分かりやすい仕組みであると思うのですが、もちろん、この考え方では全然納得できない、という方もいらっしゃるかもしれません。

でも、ほかにも世の中にたくさん、素晴らしいメソッドを伝えてくれている方々がいらっしゃいます。

なので、「人生を自分で意図的に創る」には自己受容・自己肯定は本当に大事なので、私のお伝えした自己受容、自己肯定の仕組みも頭の片隅に入れつつ、ご自身のピンとくるものは、ぜひいろいろ試されてみてくださいね♪


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